2026-09-15

上皇陛下の葬儀はなぜ縮小されるのか

上皇陛下の葬儀はなぜ縮小されるのか ―― ご本人のご希望と、国民の選択は別の問題

2026年9月2日、上皇陛下の将来の葬儀について、宮内庁が大幅に規模を縮小する方向で検討していると各社が報じました。告別式にあたる葬場殿(そうじょうでん)の儀を、新宿御苑ではなく皇居・宮殿で行う案で、参列者は昭和天皇のときの約4分の1になると伝えられています。背景にあるのは、上皇陛下の「極力国民生活への影響を少なくすることが望ましい」というお考えです。

この報道に、「ご本人がそうおっしゃっているのだから、それでいい」と感じた方も多いと思います。私も、そのお気持ちは深く理解できます。ただ、ここでは少し違う問いを立てたいと思います。上皇陛下が「小さくてよい」とお考えであることと、国家・皇室・国民として上皇陛下をどうお送りするかは、同じ問題なのだろうか。 私は、この二つは分けて考えるべきだと思います。そして一次資料には、上皇陛下ご自身が「簡素に」だけをお望みになったわけではないことが示されています。


何が報じられたのか

報じられている内容は、告別式にあたる葬場殿の儀を皇居・宮殿で行う方向で検討している(時事通信)、参列者は約2,500人程度で昭和天皇のときの約4分の1(日本テレビ)、ということです。昭和天皇のときは新宿御苑で行われ、国内外から約1万人が参列し、御苑は約2か月閉鎖されました。宮内庁は、「国民生活や環境への影響に留意する必要がある」という上皇陛下のお考えを踏まえた判断としています。なお、2026年9月2日の報道の時点では検討段階であり、決まったことではありません。

ここで一点、注意が必要です。報道によって、縮小されるとされている儀式の名前が違います。 時事通信は「葬場殿の儀」を宮殿で行うと報じ、日本テレビは「大喪の礼」を宮殿で行うと報じています。この二つは、まったく別のものです。


「葬場殿の儀」と「大喪の礼」は別のもの

葬場殿の儀と大喪の礼

葬場殿の儀は皇室の行事であり、大喪の礼は国事行為です。大喪の礼の根拠は皇室典範にあり、その第25条は次のように定めています。

天皇が崩じたときは、大喪の礼を行う。 ――皇室典範 第25条

これがなぜ国事行為になるのかについては、1988年11月8日に味村治内閣法制局長官が国会で説明しており、その答弁は次のとおりです。

憲法第七条は天皇の国事行為を限定列挙しているわけでございます。そして、その十号に「儀式を行ふこと。」というのがございまして、ここに言う「儀式」というのは、天皇が主宰されまして国の儀式として行うにふさわしいものを言うというふうに考えております。……皇室典範の二十五条には「天皇が崩じたときは、大喪の礼を行う。」こう規定しております。……国事行為たる儀式として、即位の礼及び大喪の礼を行うことを予定したものと解されるわけであります。 ――衆議院 決算委員会(1988年11月8日)味村治 内閣法制局長官

憲法に根拠を持つ国の儀式、それが大喪の礼です。一方の葬場殿の儀は、皇室が執り行う行事であって、法律に定めはありません。昭和天皇のときは、この二つが同じ日・同じ場所で連続して行われました。1989年2月10日の衆議院内閣委員会で、小渕恵三内閣官房長官(当時)が当日の次第を詳しく説明しています。

九時三十五分に御葬列が皇居正門を出発されまして、国会議事堂正門前、青山通りを経て、同十時十五分に葬場総門に御到着になります。 皇室の行事でございます葬場殿の儀は、次のような次第によって行われるわけでございますが、(1)御饌、幣物を興ずる。(2)祭官長が祭詞を奏する。(3)天皇陛下が御拝礼の上、御誄を奏される。…… 次に、大喪の礼の御式でございますが、午前十一時五十八分ごろ、私が開式のことばを申し上げ……(1)正午を期して、参列者全員で黙とうを行う。(2)三権の長が、それぞれ拝礼の上、弔辞(又は弔詞)を述べる。(3)外国元首及び外国弔問使節等がそれぞれ拝礼をされ、順次、退出される。 ――衆議院 内閣委員会(1989年2月10日)小渕恵三 内閣官房長官

午前10時15分に葬場に到着し、まず皇室の行事である葬場殿の儀。正午をはさんで国事行為の大喪の礼。午後1時40分に葬場を出発して、武蔵陵墓地へ向かう。一日のなかで、性格の違う二つの儀式が続けて営まれたわけです。そして重要なのは、この二つを決める主体が違うということです。宮内庁は2013年の公表資料で、はっきりこう書いています。

なお、本検討は皇室の行事である御喪儀について行ったものであり、国事行為たる儀式である大喪の礼について検討の対象としているものではない。 ――宮内庁「今後の御陵及び御喪儀のあり方について」(平成25年11月14日)

なお、大喪の礼については、国事行為であり、内閣が判断することになる。 ――宮内庁「今後の御陵及び御喪儀のあり方について」(平成25年11月14日)

つまり、宮内庁が決められるのは葬場殿の儀までです。大喪の礼をどこで、どういう規模で行うかは、内閣が判断することであって、今回の報道の対象とは本来別の問題です。外国からの弔問使節が参列するのは、主に大喪の礼のほうです。昭和天皇のときは、160を超える国から元首や国務大臣クラスの代表が参列しました(1989年3月22日、参議院外交・総合安全保障に関する調査会での大木浩議員の発言)。葬場殿の儀の場所が変わることと、大喪の礼の規模が変わることは、同じではありません。 報道を読むときは、ここを分けて見る必要があります。


上皇陛下が望まれたこと ―― 「簡素に」だけではない

では、上皇陛下は何をお望みだったのでしょうか。ここは推測ではなく、一次資料があります。 2013年11月14日、宮内庁が「今後の御陵及び御喪儀のあり方についての天皇皇后両陛下のお気持ち」を公表しています。当時の天皇陛下・皇后陛下が、今の上皇陛下・上皇后陛下です。そこには、たしかにこう書かれています。

天皇陛下には、皇室の歴史の中に、御陵の営建や葬儀に関し、人々に過重な負担を課することを望まないとの考え方が古くよりあったことにかねてより思いを致しておられ、これからの御陵や御葬送全体についても、極力国民生活への影響の少ないものとすることが望ましいのではないか、とのお気持ちをお持ちであった。

報道が伝えている「国民生活への影響を少なく」は、この一節から来ています。ただし、同じ段落には続きがあり、そこには従来の皇室のしきたりについてのお考えが記されています。

同時に陛下には、これまで長きに渡り従来の皇室のしきたりはできるだけこれを変えず、その中で今という時代の要請も入れて行動することを心がけていらっしゃり、御陵及び御喪儀のあり方についても、そのお気持ちに変わりはない。

「国民生活への影響を少なく」と「しきたりはできるだけ変えず」は、セットで示されています。 ここは大事なところだと思います。上皇陛下は「何もかも小さくしてよい」とおっしゃったのではありません。しきたりは守る。そのうえで、今の時代に合わせられるところは合わせる。 そういうお考えです。葬場殿の儀の場所についても、同じ資料に具体的なお考えが記されています。

崩御後皇室として執り行う葬場殿の儀の場所については、国民が広く利用している場所を長期間占用したり、葬場の設営に際して多くの樹木の伐採をしたりすることがないかなど、国民生活や環境への影響といった点に留意する必要がある、とのお考えをお持ちである。 さらに、両陛下には、近年特に顕著になっている気象条件の急激な変化を非常に心配しておられ、御喪儀に参列される内外の方々に万一の事があってはならず、暑さや寒さに加え、集中豪雨や竜巻などの可能性も十分考慮し、出席者の安全確保が出来る場所を……選定してほしいとのお気持ちをお示しいただいたところである。

「規模を小さくしてほしい」とは、資料のどこにも書かれていません。 書かれているのは場所の条件です。国民が使っている場所を長く占用しない。樹木を切らない。豪雨や竜巻から参列者を守れる。新宿御苑を2か月閉鎖し、屋外に葬場を設営した昭和天皇のときのやり方は、この条件のいくつかに引っかかります。

宮内庁も同じ年の公表資料で、葬場を選ぶ観点を四つ挙げています。格式の高い場所であること。国民生活への影響が少ないこと。暑さ寒さや集中豪雨・竜巻にも対応できる安全な場所であること。環境への配慮ができる場所であること。 皇居・宮殿という案は、この四条件を満たす場所を探した結果と読むのが自然です。屋内で、格式があり、国民の利用を妨げず、天候の影響を受けない。その結果として収容人数の制約から参列者が減る、という順序だと思います。「小さくすること」が目的だったのではなく、条件を満たす場所を選んだ結果、規模が変わるという構造です。さらに宮内庁は、葬場殿の儀の中身についてはこう書いています。

御葬送の儀式である葬場殿の儀は、昭和天皇の御喪儀を踏まえ、天皇という御身位にふさわしい内容とし、厳粛に執り行われる。

場所の条件と、儀式の格式は、別建てになっています。 場所が変わっても内容は昭和天皇の先例を基本とする、というのが2013年に決めた方針です。


それでも、「ご本人の希望」と「どうお送りするか」は別の問題

報道されている検討には、きちんとした根拠があります。そのうえで私が問いたいのは、次のことです。上皇陛下がそうお考えだからといって、国民の側も同じように考えなければならないのでしょうか。 一般の葬儀でも、同じことが起きます。本人が生前に「簡単でいい」「金をかけるな」と言っていた。それでも家族や周囲が「それではあまりに寂しい」と考えて、きちんと送る。そういうことは、いくらでもあります。

なぜかというと、葬儀は本人だけのものではないからです。送られる人のためであると同時に、送る人のためのものでもあります。別れを告げる機会を持てなかった人は、あとから長く引きずります。天皇・上皇の場合、この「送る人」の範囲がきわめて広くなります。

皇室にとっては、歴代の先例のなかに位置づけられる儀式です。国民にとっては、別れを告げ、その御代を振り返る機会になります。国家にとっては、国事行為としての大喪の礼を伴う公的な行事であり、外国にとっては、弔意を示す外交の場です(昭和天皇のときは160を超える国が参列しました)。歴史にとっては、後世の国民が「平成とはどういう時代だったか」を知る手がかりになります。この五つのうち、四つは上皇陛下ご自身のためのものではありません。

上皇陛下が「国民に迷惑をかけたくない」とお考えになるのは、長年国民のために務めてこられた方だからこそ、当然のことだと思います。それは、ご遠慮です。 そして、ご遠慮に対して、そのまま甘えてよいのかどうかは、別の話です。「上皇陛下はそうおっしゃるでしょう。でも、私たちはそうはいきません」。国民の側がそう考えることも、上皇陛下への敬意の表れではないでしょうか。


宮内庁が「お気持ち」を伝えることの難しさ

過去に一度あった出来事を振り返ります。2012年4月26日、羽毛田信吾宮内庁長官(当時)が定例会見で、天皇・皇后の葬法について土葬から火葬への変更を検討すると発表しました。あわせて、天皇陛下と皇后陛下を一緒に埋葬する合葬についても「視野に入れて検討する」としました。その年の秋、皇后陛下のお誕生日に際して、宮内記者会がこう質問しています。

宮内庁は4月、両陛下のご意向を受けて、土葬から火葬への変更を含めた喪儀方法の見直しを検討すると発表しました。……宮内庁幹部の会見では、両陛下が喪儀の簡素化を望むお気持ちがあることから検討が始められたと伺っております。また、皇后さまが陛下とご一緒の合葬の方式はご遠慮すべきだとお考えであることも伝えられています。 ご喪儀の見直しについて、陛下とどのようなお話をしていらっしゃるのかお聞かせください。 ――宮内庁「皇后陛下お誕生日に際し」(平成24年)

この質問に対して、皇后陛下はお答えになりませんでした。 宮内庁は、お答えにならなかった理由と、のちの回答の扱いについて、次のように記しています。

宮内庁としては、事柄が両陛下のご喪儀に関することであり、この問題に対するお気持ちを皇后陛下のお誕生をご慶祝する日にお示しいただくことは適切ではないと判断し、別の機会にご回答いただき、お伝えすることとしました。 ――宮内庁「皇后陛下お誕生日に際し」(平成24年)

その「別の機会」が、1年後の2013年11月14日でした。天皇皇后両陛下のお気持ちとして公表された内容のうち、合葬に関する部分は次のとおりです。

さらに、天皇陛下には、御陵の歴史の中で、かつて合葬の例もあったことから、合葬というあり方も視野に入れてはどうか、とのお考えをお持ちであったが、この合葬とすることについては、皇后さまから、御自身昭和の時代にお育ちになり、「上御一人」との思いの中で、長らく先帝陛下、今上陛下にお仕えになってきた経緯からも、それはあまりに畏れ多く感じられるとされ……合葬は御遠慮遊ばさねばとのお気持ちをお示しであった。

つまり、合葬は天皇陛下のお考えであり、皇后陛下はご遠慮されていた。 結果として、2013年の方針では合葬は採用されませんでした。ただし、これは誰かが嘘をついたという話ではありません。一次資料から言えるのは、次の事実だけです。

2012年4月、宮内庁は「合葬も視野に」と公に発表しました。その半年後、記者は皇后陛下が合葬をご遠慮すべきとお考えだと「伝えられています」として質問しています。皇后陛下ご自身は、陛下に先立ってお答えになることをためらわれ、その場では答えられませんでした。そして1年後に公表された内容では、合葬はお二方で考えが違っていたことが示されています。

ここから見えるのは、「宮内庁が発表したお気持ち」が、必ずしも皇室の総意とは限らないということです。しかも皇后陛下は、ご自分のお考えを述べる機会を持ちながら、お立場ゆえにそれを控えられました。

天皇・上皇・皇族方は、ご自分から自由に意見を述べられるお立場ではありません。 憲法上、天皇には国政に関する権能がなく、公の場での発言はきわめて慎重にならざるを得ない。だからこそ、そのお考えは宮内庁を通じて伝えられます。それは、代弁です。 そして代弁である以上、どこまで正確に伝わっているのかを外から検証する手立ては、国民の側にはありません。

だから、こう問うことには意味があると思います。「上皇陛下のお気持ちだから」という説明だけで、葬儀の規模を決めてよいのだろうか。 上皇陛下のお気持ちを尊重すること自体は当然です。しかし、そのお言葉が、結果として宮内庁の方針を正当化する材料として一方向にだけ使われることにならないか。 これは「政治利用だ」と断定する話ではありません。ただ、確かめようがない以上、注意深くあるべきだとは思います。


御陵は「追慕尊崇の対象」だと、宮内庁自身が書いている

「大きな墓は贅沢だ」「税金の無駄だ」という見方があります。しかし、宮内庁自身が、御陵をそういうものとして扱っていません。 2013年の公表資料には、御陵について次のように書かれています。

御陵は皇室と国民の追慕尊崇の対象であり、そこに埋葬されていらっしゃる方々の往時を偲ばせる特別な場所である。御陵の長い歴史を踏まえ、過去と調和を取りつつこれからの時代にふさわしい御陵のあり方を求めていくことは、御陵のあり方を通じ平成の御代のお姿を遠い将来の国民に伝えていくことにつながる極めて意義深い検討であった。 ――宮内庁「今後の御陵及び御喪儀のあり方について」(平成25年11月14日)

「遠い将来の国民に伝えていく」。 宮内庁は、御陵をそういうものだと位置づけています。これは費用の問題ではありません。歴代の天皇をどう記憶し、後世にどう伝えるかという問題です。私たちが仁徳天皇陵や天智天皇陵を訪ねるとき、そこにあるのは「昔の人がかけた費用」ではありません。その時代が、その天皇をどう送ったかという記録です。同じことが、平成についても言えます。


御陵の縮小には、理由があった

2013年に決まっていたこと

御陵を小さくするのは、「遠慮」だけの話ではありませんでした。 2013年に公表された「お気持ち」には、縮小の理由が次のように書かれています。

天皇陛下には、昭和天皇陵と香淳皇后陵が、大正天皇陵と貞明皇后陵の場合と異なり、隣接して平行に設置される形になっていないことをご覧になり、御陵用地に余裕がなくなってきているのではないかとのご感想をお述べになってこられた……陛下には、このように武蔵陵墓地内に御陵用地を確保するには限度があることをおもんばかられ、今後品位を損なうことなく御陵を従来のものよりやや縮小することができれば、とのお気持ちをお持ちになったところである。 また、御陵をやや縮小することにより、武蔵陵墓地内に、昭和天皇陵、香淳皇后陵をお囲みする形で、ご自分方お二方を含めこれからも何代かに渡り御陵が営建され、皆様が離ればなれにならずにお鎮まりになることが可能になるのではないかとのお気持ちもおありであった。

理由は、用地です。 武蔵陵墓地の土地には限りがある。このままの大きさで造り続けたら、次の代、その次の代の場所がなくなる。そして目的は、「これからも何代かに渡り」「皆様が離ればなれにならずに」。つまり続けるための縮小です。

具体的な数字も決まっています。天皇陵と皇后陵を合わせた兆域の面積は約3,500平方メートルで、昭和天皇陵と香淳皇后陵の合計(4,300平方メートル)の8割程度です。「品位を損なうことなく」「やや縮小」という言葉のとおりの規模感で、半分になるわけでも、三分の一になるわけでもありません。 この点については、私は縮小に反対しません。 理由が具体的で、目的が「後の代も同じ場所に」という積極的なものだからです。ただし、これは御陵の話です。 用地の制約という理由は、葬儀の規模には当てはまりません。


それでも残る問い ―― これは前例になる

ここで、もう一つ見ておきたい点があります。2013年の宮内庁の資料には、御陵と御喪儀の検討の位置づけについて、次の一文があります。

その意味で、本検討は象徴及びその御配偶という特別のお立場にある方の御喪儀について将来にわたって基準となり得るものであり、あらゆる角度からの慎重な検討が求められるものであった。

宮内庁自身が、これは将来の基準になると書いています。 だとすれば、今決まることは、上皇陛下お一方の話では終わりません。次の代、その次の代の御喪儀が、今回の形を先例として組み立てられていく可能性があります。そのとき、こういう議論が起きないと言い切れるでしょうか。「前回はこの規模だったのだから、今回はこれ以下で」。 私は「必ずそうなる」と言うつもりはありません。ただ、一段下げた基準は、次に上げにくい。 それは制度として、経験的に言えることだと思います。

御陵については、宮内庁は「昭和天皇陵の8割程度」という具体的な歯止めを数字で示しました。葬場殿の儀については、「昭和天皇の御喪儀を踏まえ、天皇という御身位にふさわしい内容とし、厳粛に執り行われる」という言葉はありますが、規模についての歯止めは示されていません。 参列者を4分の1にすることが「天皇という御身位にふさわしい内容」の範囲内なのかどうか。 そこを説明する責任は、宮内庁の側にあると思います。


別の見方

この問題については、別の見方もあります。一つは、「ご本人の意思が最優先」という立場です。葬送のあり方について本人の意思を尊重するのは社会一般の常識であり、皇室だけ例外とする理由はない、という考えで、2013年の資料も「御葬法について、天皇の御意思を尊重する伝統がある」と記しています。もう一つは、「規模と敬意は別」という立場です。参列者の数が敬意の量を示すわけではなく、厳粛に、格式を保って行われるなら、屋内の宮殿でも十分に天皇の御身位にふさわしい、という指摘です。

三つ目は、「国民生活への影響は現実の問題」という立場で、新宿御苑を2か月閉じ、都心の交通を規制することの負担は小さくなく、近年の猛暑や豪雨を考えれば屋外の大規模会場には安全上の不安もある、という見方です。四つ目は、「そもそも国が関与しすぎている」という立場で、皇室の行事である御喪儀は皇室が決めればよく、国民が規模を論じること自体が筋違いだ、という考え方です。いずれも筋の通った意見です。特に二つ目の「規模と敬意は別」という指摘は、私の主張に対する最も強い反論だと思っています。


筆者の考え

私は、上皇陛下に盛大な葬儀をしてほしいと言いたいのではありません。 ご本人が望まないものを、国民が押しつけるべきだとも思いません。言いたいのは、この二つは分けて考えるべきだということだけです。【上皇陛下ご自身のお気持ち】 ―― 国民に負担をかけたくない。しきたりは変えたくない。安全な場所で行ってほしい。【国家・皇室・国民としての判断】 ―― 長年務めてこられた上皇陛下を、どうお送りするか。後世の国民に、平成という時代をどう伝えるか。

分けて考えたい、二つのこと

前者は上皇陛下がお決めになることで、後者は私たちが決めることです。 そして、前者が「小さくてよい」だからといって、後者が自動的に「では小さく」になるわけではない。むしろ逆だと思います。 ご自分のことを後回しになさる方だからこそ、周りがきちんとお送りする。 それが、遠慮に対する礼儀ではないでしょうか。

もう一つ、忘れたくないことがあります。上皇陛下は「国民生活への影響を少なく」とおっしゃると同時に、「従来の皇室のしきたりはできるだけこれを変えず」ともお考えでした。この二つは、一次資料のなかで同じ段落に並んで書かれています。 片方だけを取り出して縮小の根拠にするのは、公平な引用ではありません。

だから、私はこう考えます。葬場殿の儀の場所を、安全で、国民生活を妨げない場所に移すこと。これには賛成です。 上皇陛下のお考えにも、2013年に宮内庁が示した四条件にも合っています。ただし、場所を移すことと、規模を4分の1にすることは、同じではありません。 宮殿で行うと決めたなら、その制約のなかでどうすれば「天皇という御身位にふさわしい内容」を保てるかを考えるのが次の仕事のはずです。参列者が入らないなら、日を分ける、別会場に中継する、拝礼の機会を段階的に設ける――やりようはあると思います。「入らないから減らす」で終わらせてほしくない。 それが、私の言いたいことです。

御陵についても同じです。用地の制約による8割への縮小には理由があり、私は納得しています。しかしその先へ、理由もなく小さくしていくことには反対です。 後世の国民が武蔵陵墓地を訪ねたとき、平成という時代が、その天皇をどう送ったのかが伝わるものであってほしいと思います。


参考・出典

※ 参列者数(昭和天皇の約1万人、上皇陛下の約2,500人)は報道によるもので、宮内庁の公表資料では確認していません。国会会議録で確認できるのは、大喪の礼に「百六十を超える世界各国」の代表が参列したという発言までです。

※ 本記事で扱った検討は、いずれも現時点で決定したものではありません。 今後の公表内容によって変わり得ます。