2026-08-12

大嘗祭とは何か ―― 皇位継承で最も重要な祭祀
天皇の代替わりの締めくくりとして、即位礼のあとに行われるのが大嘗祭(だいじょうさい)です。名前は知られていても、その中身はあまり知られていません。皇位継承のなかでも特に重要とされるこの祭祀を、連載「皇室の基礎知識」の第10回として整理します。
一代に一度だけ行われる、即位後最初の新嘗祭
大嘗祭とは、新しい天皇が、即位後に初めて行う新嘗祭(にいなめさい)です。一代に一度だけ行われるのが特徴で、天皇が皇祖神(こうそしん)に新穀を供え、国と国民の安寧、五穀豊穣(ほうじょう)を祈る皇室の祭祀として、皇位継承のなかでも最も重要な祭祀の一つとされています。新嘗祭そのものは毎年行われますが、そのなかで、即位後に初めて臨む特別なものが大嘗祭です。毎年の新嘗祭との違いは、次のとおりです。
| 新嘗祭 | 大嘗祭 | |
|---|---|---|
| 頻度 | 毎年行われる | 一代に一度 |
| 誰が | 歴代の天皇が行う | 新しい天皇が行う |
| 意味 | その年の収穫への感謝 | 即位後、最初の新嘗祭 |
新嘗祭は、毎年11月に行われる、収穫に感謝する祭祀です(この日は、現在の「勤労感謝の日」の由来にもなっています)。その、いわば「特別版」であり「初めての一度」が、大嘗祭だと考えると分かりやすいでしょう。ただし、この二つは最初から分かれていたわけではありません。宮内庁は、こう説明しています。
7世紀中頃までは,一代に一度行われる大嘗祭と毎年行われる新嘗祭との区別はなかったが,第40代天武天皇の時(御在位673~686年)に,初めて,大嘗祭と新嘗祭とが区別された。 ――宮内庁「大嘗祭について」(令和元年10月2日)
7世紀まで、区別はなかったのです。天武天皇の時代に、一世に一度の大嘗祭と、毎年の新嘗祭が分けられました。その線引きが、今日まで受け継がれています。
大嘗宮と、悠紀田・主基田の選び方
大嘗祭は、大嘗宮(だいじょうきゅう)という、そのために設けられる特別な祭場で行われます。中心となるのは、悠紀殿(ゆきでん)と主基殿(すきでん)という二つの建物です。ここで天皇はみずから新穀を供え、また召し上がるとされます。ただし、その詳しい所作は古くからの伝統にのっとったきわめて厳粛なもので、公開されていない部分も多くあります。宮内庁が公表している範囲にとどめ、非公開の部分について憶測は書きません。
供えられる新穀は、あらかじめ選ばれた田で収穫されます。この田を悠紀田(ゆきでん)・主基田(すきでん)といい、毎回あらためて選ばれます。選び方は独特で、亀の甲羅を焼いて、生じたひび割れで占う(亀卜〈きぼく〉)という古来の作法によります。この儀式を斎田点定(さいでんてんてい)の儀といい、令和では2019年5月13日に行われました。その結果、悠紀地方(東日本)は栃木県、主基地方(西日本)は京都府が選ばれました。東西から一か所ずつ、全国から選ばれるのは、国全体の実りを、天皇が皇祖に捧げるという祭祀の意味によるものと考えられます。
国費の支出と、政教分離をめぐる議論
大嘗祭には、避けて通れない論点があります。国費(公金)を支出することの是非です。日本国憲法は、第20条で政教分離(国と宗教の分離)を定めています。大嘗祭は宗教的な性格を持つ祭祀であるため、これに公金を支出することが政教分離に反しないか、という議論があります。
これに対する政府の考え方は、大まかに言えば、大嘗祭は宗教的な性格を持つものの、皇位継承に伴う重要な伝統的行事であり、公的な性格がある、というものです。そのうえで、大嘗祭は国事行為ではなく、皇室の公的な行事として位置づけられ、宮廷費から支出されてきました。この点をめぐっては、過去に訴訟や議論もありました。賛否のどちらかに立つことはせず、「こうした議論があった」という事実を、客観的に押さえておくことが大切です。
「宣言」の即位礼と、「祈り」の大嘗祭
混同されやすいものとして、もう一つ即位礼があります。即位礼が「即位を世に示す」ものだとすれば、大嘗祭は「皇祖神に、静かに奉告し祈る」ものです。向いている方向が違う、と考えると分かりやすいでしょう。性格や目的、位置づけの違いは、次の表と図のとおりです。
| 即位礼 | 大嘗祭 | |
|---|---|---|
| 性格 | 国家の儀式 | 皇室の祭祀 |
| 目的 | 即位を国内外へ宣言する | 皇祖神へ奉告する |
| 位置づけ | 公的な儀式(国事行為) | 皇室の伝統祭祀(公的行事) |

大嘗祭をめぐる四つの誤解
大嘗祭については、いくつかの誤解が見られます。まず、毎年行われる祭祀ではありません。大嘗祭は一代に一度で、毎年行われるのは新嘗祭です。また、即位礼と同じ儀式でもありません。即位礼は国家の儀式、大嘗祭は皇室の祭祀です。戦後に廃止されたということもなく、平成・令和の代替わりでも行われました。
さらに、歴代の天皇が必ず行ってきたわけでもありません。宮内庁は「歴代天皇のうち大嘗祭を行われなかった例がある」とし、その理由を、大嘗祭の前に退位された場合や、相次ぐ兵乱などで経費を用意できなかった場合などと説明しています。挙行を確認できない例もあります。
国費の議論とは別に、祭祀の意味を知る
筆者は、大嘗祭は日本の皇室が長く受け継いできた伝統を象徴する祭祀の一つだと思います。近年は国費支出や政教分離の観点から議論になることもありますが、そうした議論とは別に、大嘗祭が皇位継承のなかで極めて重要な意味を持つ祭祀であることは、正しく理解しておくべきではないでしょうか。大嘗祭は、国家の儀式である即位礼とは異なり、天皇が皇祖神に新穀を供え、国と国民の安寧を祈る皇室独自の伝統です。筆者は、この違いを知ることで、日本の皇室や皇位継承への理解が、より深まると考えています。
参考・出典
- 大嘗祭について(令和元年10月2日)|宮内庁 ―― 意義・沿革(天武天皇の時に新嘗祭と区別)・行われなかった例
- 日本国憲法 第20条|e-Gov法令検索
- ご即位・大礼の主な儀式・行事|宮内庁
参考書籍
この記事のテーマを、もっと深く知りたい方へ。
※以下のリンクには広告(アフィリエイト)を含みます。当サイトは、Amazonのアソシエイトとして適格販売により収入を得ています。
国史教科書
竹田恒泰ほか/令和書籍。検定合格・市販版の歴史教科書。



