2026-10-18

皇室にマイナンバーはあるのか ―― 住民票がない理由
確定申告のとき。会社に提出する書類。銀行の口座を開くとき。今や、マイナンバーを書かない年はありません。日本に住んでいれば、生まれたばかりの赤ちゃんにも12桁の番号が割り当てられます。では、ふと考えてみてください。天皇陛下に、マイナンバーはあるのでしょうか。
答えは、ありません。 しかも、「特別に免除されている」のでも、「辞退されている」のでもありません。そもそも番号が生まれる入口が、制度として存在しないのです。もう少し踏み込むと、こういうことです。マイナンバーは住民票から生まれる番号であり、皇室には住民票がない。だから制度上、番号が作られないのです。 この一行が、理由のすべてです。
新しい連載「皇室と私たちの違い」は、この問いから始まります。私たちには当たり前にある制度が、皇室ではどうなっているのか。一つずつ確かめていきます。
そもそも、マイナンバーはどこから来るのか
意外に知られていないのですが、マイナンバーは「国が国民一人ひとりに配る番号」ではありません。住民票から生まれる番号です。マイナンバー法(正式には「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」)は、個人番号とは何か、そして誰が指定するのかを、次のように定めています。
この法律において「個人番号」とは、第七条第一項又は第二項の規定により、住民票コード……を変換して得られる番号であって、当該住民票コードが記載された住民票に係る者を識別するために指定されるものをいう。 ――マイナンバー法 第2条第5項
市町村長……は、住民基本台帳法第三十条の三第二項の規定により住民票に住民票コードを記載したときは……速やかに……その者の個人番号として指定し、その者に対し、当該個人番号を通知しなければならない。 ――マイナンバー法 第7条第1項
つまり、順番はこうです。住民票がある → 住民票コードが記載される → それを変換して個人番号が指定される。マイナンバーは、住民票の上に乗っている番号なのです。住民票がなければ、番号は生まれません。
皇族方には、住民票がない
皇族方には、住民票がありません。 これは、この連載で何度も出てくることになる、一番根っこの違いです。なぜそうなるのかは、条文を三つ、順にたどると分かります。まず、① 身分は、戸籍ではなく皇統譜に登録されるという点です。
天皇及び皇族の身分に関する事項は、これを皇統譜に登録する。 ――皇室典範 第26条
私たちの出生・婚姻・死亡が戸籍に記録されるように、皇族方のご誕生やご結婚は皇統譜(こうとうふ)という皇室専用の記録に登録されます。戸籍は、ありません。次に、② 戸籍法の適用を受けない者には、住民基本台帳法を適用しないという点です。住民票のもとになる法律を、住民基本台帳法といいます。この法律には「適用除外」の条文があります。
この法律は、日本の国籍を有しない者のうち……その他政令で定める者については、適用しない。 ――住民基本台帳法 第39条
第39条は「政令で定める者」としか書いていません。では、その「政令で定める者」とは誰か。政令にあたる住民基本台帳法施行令が、はっきり書いています。
(法を適用しない者) 法第三十九条に規定する政令で定める者は、戸籍法の適用を受けない者とする。 ――住民基本台帳法施行令 第33条
③ したがって、住民票が作られない。 皇族方は戸籍法の適用を受けません。すると住民基本台帳法が適用されず、住民票が作られません。住民票がなければ住民票コードもなく、住民票コードがなければ――マイナンバー法の仕組み上――個人番号が指定されることはないのです。この筋道は、政府自身が国会で説明しています。
住民基本台帳法三十九条の規定でございますけれども、「日本の国籍を有しない者その他政令で定める者」というぐあいに書いていまして、政令でもって戸籍法の適用を受けない者については住民基本台帳法は適用されないというぐあいになっております。したがいまして、戸籍法の適用を除外されております天皇及び皇族につきましても住民基本台帳法の適用が除外されております。 ――衆議院総務委員会(2002年2月28日)総務省自治行政局長答弁
天皇陛下と皇族方で、違いはあるのか
この連載では毎回、天皇陛下の場合と、その他の皇族方の場合を分けて確かめていきます。同じ「皇室」でも、扱いが違うことがあるからです。マイナンバーについては、違いはありません。 今見た答弁のとおり、政府は「天皇及び皇族」と両方を並べて、住民基本台帳法の適用除外だと説明しています。天皇陛下も、皇后陛下も、宮家の皇族方も、等しく住民票をお持ちでない。したがって、どなたにもマイナンバーはありません。差が生まれるのは、このあと見る2026年の改正からです。

「持っていない」のではなく、「生まれない」
マイナンバーがないことを、「皇室は特別扱いされている」「特権だ」と受け取る方がいるかもしれません。けれど、法律の作りを見ればわかるとおり、皇族方がマイナンバーを拒んでいるわけでも、法律が皇室を名指しで免除しているわけでもありません。
住民基本台帳法第39条も、施行令第33条も、「天皇」「皇族」という言葉を一度も使っていません。書かれているのは「戸籍法の適用を受けない者」だけです。戸籍がないという一点から、自動的にそうなるのです。(この点は、後で見る2026年の改正で変わります。)そして、これは便利な話でもありません。番号がないということは、番号を前提につくられた行政サービスの、外側にいるということです。
2026年の改正で、変わるかもしれない
ところが、この長く動かなかった仕組みに、変化が起きようとしています。2026年7月17日に成立した改正皇室典範は、女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持できるようにしました。すると、これまでになかった立場の方が現れます。皇族でありながら、一般男性の配偶者という方です。そこで、住民基本台帳法にも改正が入りました。先ほど見た第39条が、まさに改正されたのです。
改正の中身は、少し込み入っています。これまで政令(施行令第33条)にあった「戸籍法の適用を受けない者」という文言が、法律の本体である第39条にも書き込まれ、そこに例外が付け加えられました。
第三十九条の見出しを「(適用除外等)」に改め、同条中「もの」の下に「、戸籍法の適用を受けない者(天皇及び皇族以外の男子と婚姻をした内親王及び女王(当該男子と離婚又は死別をした者を含む。)を除く。)」を加え、同条に次の一項を加える。 2 前項に規定する内親王及び女王に対するこの法律及び電子署名等に係る地方公共団体情報システム機構の認証業務に関する法律の規定の適用については、政令で特例を定めることができる。 ――皇室典範等の一部を改正する法律 第4条
ここに、小さいけれど大きな変化があります。先ほど「法律は皇族を名指ししていない」と書きましたが、この改正によって、住民基本台帳法の条文に初めて「内親王及び女王」という言葉が書き込まれるのです。そして、一般男性と結婚した内親王・女王は、適用除外の対象から外れます。つまり、住民票が作られることになります。
住民票が作られれば、マイナンバー法の仕組みからいって、個人番号が指定される道筋が生まれます。皇族でありながらマイナンバーを持つ方が、日本の歴史で初めて現れるかもしれません。
ただし、断定はできません。新しく加えられた第2項のとおり、住民基本台帳法と公的個人認証法の適用については「政令で特例を定めることができる」とされています。その政令のうち住民票にかかわる部分は、2026年9月11日の閣議で決まりました。住民基本台帳法施行令の改正で、結婚後も皇族である内親王・女王の住民票には、「氏名」の代わりに「名」だけを、「戸籍の表示」の代わりに「内親王等住民である旨」を記載する、という特例です(内閣官房の資料による)。住民票は作られる前提で、書き方だけを変える内容です。マイナンバーそのものについては、この政令の概要には書かれていません。施行は公布から3か月後、2026年10月24日です。

住民票がないことを、どう受け止めるか
この仕組みについては、いくつかの受け止め方があります。一つは、当然だと考える立場です。天皇は憲法上「日本国の象徴」という特別な地位にある。一般の住民制度になじまないのは当たり前で、番号がないのも自然な帰結だ、という考えです。二つ目は、不便さのほうを見る立場です。番号がないことは優遇ではなく、行政サービスの外側に置かれるということ。むしろ制約として捉えるべきだ、という考えです。
三つ目は、整理し直すべきだという立場です。行政手続がデジタル化していくなかで、皇室だけが枠外にあり続けるのは実務上難しくなる。今回の改正を機に、制度全体を見直すべきだ、という考えです。どれか一つが正しい、というものではありません。ただ、2026年の改正が、この論点を初めて現実の問題にしたことは確かです。
筆者の考え ―― 「特権」ではなく、制度の外側におられるということ
マイナンバーの一件から見えてくるのは、「特権」という言葉では説明がつかないという事実です。番号がないことで得をしている、という話ではありません。むしろ、私たちが当たり前に使っている仕組みが、そこにはないのです。たとえば公的な医療保険。皇室の方々は被保険者ではありません。ただし、これは自己負担が重いという意味ではなく、宮内庁次長は国会で「治療費については……国の責任において十分な態勢をとり必要な治療を行う」と答弁しています(1989年6月20日 参議院内閣委員会)。一般の制度の枠の外で、別に手当てされているということです。
皇族方は、私たちより恵まれた場所にいるのでも、不当に優遇されているのでもない。私たちの制度の、外側におられる。それだけのことなのだと、筆者は思います。そのうえで、今回の改正は小さくない変化だと感じています。結婚した女性皇族に住民基本台帳法が適用されるということは、皇室と一般社会をつなぐ細い線が、初めて引かれるということです。その線のうち住民票の書き方は、すでに政令で決まりました。番号まで含めてどう扱われるのかは、これから見ていく必要があります。地味ですが、注視すべき論点だと考えています。
次回
住民票がないということは、行政のいろいろな場面に影響します。そのなかでも、一番基本的な権利にかかわるものがあります。次回・第2回は、「皇室に選挙権はあるのか」。国民の権利の代表格である選挙権が、皇室ではどう扱われているのかを見ていきます。
参考・出典
- 行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(平成25年法律第27号)第2条・第7条|e-Gov法令検索
- 住民基本台帳法(昭和42年法律第81号)第39条|e-Gov法令検索
- 住民基本台帳法施行令(昭和42年政令第292号)第33条|e-Gov法令検索
- 皇室典範(昭和22年法律第3号)第26条|e-Gov法令検索
- 衆議院総務委員会(2002年2月28日)総務省自治行政局長答弁|国会会議録検索システム
- 参議院内閣委員会(1989年6月20日)宮内庁次長答弁|国会会議録検索システム(皇族は医療保険に加入しておらず、治療費は国費で支出)
- 皇室典範等の一部を改正する法律案(第221回国会 閣法第64号)本文(第4条・附則第1条)|衆議院 ―― 住民基本台帳法第39条の改正、施行は「公布の日から起算して三月を経過した日」
- 「皇統譜令の一部を改正する政令」及び「住民基本台帳法施行令の一部を改正する政令」の概要|内閣官房(2026年9月11日) ―― 内親王等住民の住民票の記載事項の特例(「氏名」→「名」、「戸籍の表示」→「内親王等住民である旨」)、施行は令和8年10月24日
- 皇室典範等の一部を改正する法律案要綱|衆議院
参考書籍
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